2026.09.28社員ブログ

ごみ・・・・

 本日もアイボンドブログをご覧いただきまして誠に有り難うございます。

 一昨日で秋のお彼岸も終わりました。皆様はご先祖様のご供養やお墓参りをなされたでしょうか。お彼岸の中日(春分の日、秋分の日)は太陽が真東から昇り、真西に沈む、また、昼と夜の長さがほぼ同じになる特別な日です。仏教では西方に極楽浄土があるとされているため、この日にご先祖様を供養する習慣が生まれています。

 日本で日の出、日の入りの時間が最も早いのは、東京都小笠原村に属する、北緯24度17分、東経153度59分に位置する日本最東端の南鳥島です。東京都心から南東約1950km、緯度は石垣島や西表島とほぼ同程度、経度はシドニーよりもやや東となります。島の形状は正三角形に近く、面積は皇居とほぼ同じ程度ではあるものの、南鳥島を基点とした排他的経済水域は、国土面積よりも大きい約43万km²です。島内には滑走路や波止場、防衛省や国土交通省の駐在施設があり、港湾施設の整備や気象観測がおこなわれています。

 その南鳥島では、高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分地の選定に向け、文献調査がはじまりました。文献調査は3段階ある選定過程の第1段階です。これまでに北海道の2カ所と佐賀県でおこなわれ、南鳥島で4例目となります。過去の3例は議会の請願採択など地元の意思表示がありましたが、今回は地元議会の議決を待たず、国からの申し入れで調査が決まった初めてのケースとなりました。経済産業省は調査地域を10カ所程度まで増やしたいとしています。文献調査の期間は約2年です。受け入れた自治体へは国から最大20億円が交付されます。3段階の過程全体では20年程度かかる見込みです。

 次も廃棄物(ごみ)に関するお話ですが、ちょうど55年前(1971年9月28日)、美濃部亮吉東京都知事が都議会で、ごみ処理危機を訴える「ごみ戦争宣言」をおこないました。美濃部亮吉は天皇機関説で知られる憲法学者の美濃部達吉の長男です。昭和の高度経済成長期、急増するごみは未処理のままで埋め立てられていました。汚汁を垂れ流す収集車が走り回り、ハエや蚊、悪臭などへの対策は追いつかず、その大半を受け入れていた江東区では環境被害が深刻化しています。清掃行政を担っていた東京都は、区ごとに清掃工場を建てようと計画したものの、近隣住民の反対などもあり、各区で工場建設がすすまないことから、江東区はごみの受入れを拒否しました。例えば、杉並区のごみ収集車を、江東区長自らが区内の路上で停止させるという事態も発生しています。

 杉並区の事例では、その後、様々な議論を重ねた結果、工場の建設計画段階から住民の意見を取り入れる形で、1982年、高井戸に初代の杉並清掃工場が完成しました。現在は建て替え後の工場が2017年から稼働中です。太陽光発電パネルや地中熱を利用した空調設備など、自然エネルギーを利用するとともに、発電効率の向上、消費電力の低減など、地球温暖化の防止にも取り組んでいます。最新鋭の公害防止設備を導入し、屋上緑化や壁面緑化など、地域環境への配慮に加え、敷地内にウオーキングロードや足湯といった住民の健康と憩いの場もつくりました。また、敷地内に東京ごみ戦争歴史みらい館を設置し、清掃工場設置に至る経緯や当時の動画、新聞記事などの資料を保存・展示しています。

 さて、ごみは誰もが毎日必ず出しているといっても過言ではありません。ごみを減らすことは、地球環境への負荷を低減することにもつながります。弊社でもデータ化による紙書類の削減などをおこなっているところです。これからも日常業務のなかで取り組めるものについては、積極的に実行して参ります。

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